カミングアウト、予想外の母の言葉「産まなきゃ良かった」

 

初めまして、友寄佳人(トモヨセカナト)と申します。

 

このサイトの運営責任者をしています。急ですが、少し僕のお話をさせてください。

 

 

僕は平成5年6月7日(月)の07:23に誕生しました。ちなみに六曜的には「先負」。

「先んずればすなわち負ける」という意味。何事にも急がず慌てず、全てを控えめにして、急ぎものがあっても午後に用を足すことを良いとする日です。午前は凶。午後は吉。急用や勝負事をなるべく避け、平静を保ち、相手の出方を待つのが良いとされています。挙式、お祝い事は午後からといわれています。
あれ?午前中に生まれたからやないかい。
まあでもすくすくと育ちまして今に至ります。
我が家は僕が生まれてすぐに両親が離婚し、母、一つ年上の兄、僕の3人で生活していました。ま、下の階には母の両親が住んでいたので、母が仕事の時はいつも祖父と祖母が面倒をみてくれていました。

妹の出現

小学校に上がると同時に母は再婚し、入学式の直前に籍を入れたらしく、初めて座る机に貼られている名前のシールを目の前で剥がされ、苗字が書き換えられた事件は今でも記憶に残っています。

 

それから数ヶ月後に、えげつなく可愛い妹が誕生しました。僕は小さい頃から子供が好きだったので妹の出現はとても嬉しかった出来事の一つです。

 

小学校6年のアウティング

 

最近知った「アウティング」という言葉を使わせていただくなら小学校6年の頃ですね。

 

アウティングとは、ゲイやレズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダー(LGBT)などに対して、本人の了解を得ずに、公にしていない性的指向や性同一性等の秘密を暴露する行動のこと。

 

保育園の頃からの腐れ縁である幼馴染がまさかのアウティング。その当時は「性同一性障害」という言葉さえ知らずに過ごしていましたから、レズビアンだという噂が広まったわけですね。

 

「人の噂も75日」と言いますが、子供の噂なんて75日も持ちませんでしたよ(笑)数日で消えました僕が知っている限りでは。

 

アウティングしやがった腐れ縁の幼馴染は今でも無駄に腐れ縁なんですけどね。本当に腐れ縁ってこういうことを言うんだなぁと思うくらい切っても切れない縁なんですね。はい。

 

初めての違和感

よく聞くのが、「生理が来た時に性別に対して違和感を覚えた」とか「嫌悪感がした」とか。

 

いえ、僕は生理が来たときはとても喜びました。なんてったって、赤飯が食べれる!!!!という喜びの舞です。

 

はい、祖母と暮らしていたせいか祖母と同じものを愛するようになり、豆やお餅などが大好物で仕方ありませんでした。

 

クリニック受診

彼女ができてから自分の性別に対する違和感が一層強くなった気がします。

 

それからインターネットで自分のことを調べていくうちに「性同一性障害」という言葉を知りました。次の瞬間にはもう沖縄で診断してくれる病院を探して電話予約していました。

 

母へカミングアウト

最初に言っておくと、僕は母へカミングアウトするタイミングを完全に間違えました。

 

その頃母は情緒不安定で(元々メンタルが弱いのですが)、毎日お酒を飲んで、ぺ〜いとなっていました。ですが僕は自分のことしか考えておらず、クリニックから貰ってきた診断書を酔っ払っている母に「この紋所が目に入らぬか!!」という水戸黄門くらいの勢いでカミングアウト。

 

YES!馬乗りフルボッコ

 

からのトドメの一言。

 

「産まなきゃ良かった」

 

その一言は当時はかなり精神的に参ったけど、泥酔状態の母にする話ではなかったと今となっては深く反省しているところです。

 

この事件の後、理解してもらうのに2〜3年かかってしまいましたが、自分がとてつもない衝撃的な一言を言ってしまったことを深く反省しているようでした。

 

今となってはマザコンと言われるくらい仲が良いのが自慢です。昔からマザコンですけどね。

 

歴代の恋愛遍歴

初めての彼女

初めて彼女ができたのは高校2年の頃。同じクラスの女の子でした。よくある相談しているうちに親密な関係になり…というパターンです。

 

初めての彼女の時は僕も若かったせいかたくさん喧嘩しましたし、復縁もたくさんしました。お互いに病んでいたのもあるかと(笑)

 

2人目の彼女

高校を卒業して1年後くらいに初めての彼女と別れ、その後専門学校で2人目の新しい彼女ができました。

 

その彼女とは1年しないうちに別れてしまったのですが、途中から専門学校を卒業して遠距離になってしまったので実質半年しか一緒にいなかったですね。

 

3人目の彼女

上京して就職したオナベバーにお客様として来店された彼女に一目惚れしたって噂のヤツはこの僕です←

 

初めての年上の彼女でしたが、童顔で歯フェチの僕には最高な歯並びでした(悪い方で)。ごちゃごちゃしている方が好きなんですよ。矯正してきれいな歯よりも。

 

結構万人ウケする良いお顔立ちで山本美月にそっくりです。この子に八重歯つけた感じですね。

参照:INCENT GROUP

今でも、可愛い子に出会ったな〜と思っています。感謝。

 

戸籍変更に向けて行動開始

僕は沖縄生まれ沖縄育ちなので、もちろん沖縄のクリニックに通っていました。が、僕が受診したクリニックは診断までが長いという噂を知りまして…

 

どうしても治療を早く終わらせたかった僕は東京で1回の受診で診断書をもらえるクリニックがあることを知り、すぐに航空券を取得しいざ東京へ。

 

診断書1枚GETし、今まで通っていたクリニックとはおさらばし当時沖縄にもう1つしかないクリニックへ足を運び正式に2名の医師の診断を受けました。

 

それから戸籍変更までの道のりはそう長くはなかったです。

 

診断書を取得した僕は、ホルモン治療を開始し、家庭裁判所へ改名の申請をしに行き、その年の年越しにはタイで性別適合手術を受け、翌年1月には戸籍上の性別を変更しました。

 

僕のこれまでの人生

ごちゃごちゃになってしまったので、これまでの人生をまとめさせてください。

 

・1993年6月 生誕

・小学校1年 妹が生まれる名前はポチ※嘘

・小学校6年 アウティング
生理が来て赤飯を食す

・高校2年  初めて彼女ができる
クリニックを受診する
男子制服で高校に通う
馬乗りフルボッコ

・専門学校 二人目の彼女ができる
改名
ホルモン治療開始
性別適合手術
戸籍上の性別を女→男へ

・千葉上京 三人目の彼女ができる

・現在  東京で土曜限定BARを経営
千葉で不定期沖縄居酒屋を経営
LGBTイベントの企画・運営
海外輸入転売事業
LGBTメディアを運営

 

現在は誰にも雇用されずフリーランスとして働いています。

 

僕が伝えたいこと

僕は今が一番幸せです。過去を振り返って、「あの頃に戻りたいな〜」なんて思うことはほとんどありません。

 

一つ悔いが残っていることと言えば、祖母が亡くなる前日にちゃんと顔を見て話さなかったことくらい。でも今後悔してももう遅いので、その経験を糧に後悔しない毎日を送ることが僕の今の目標で、これからの目標でもあります。

 

今が一番幸せです

 

そう言える人ってこの世の中にどのくらいいると思いますか?かなり少ないではないかと思います。

 

LGBTであってもなんらかの障がいやハンデがあっても、それに疎わず今現在幸せであることが素敵なことだと思います。

 

ので、幸せになりましょーう

 

ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ♪

 

 

「全然幸せになんかなれない」とか「いつまでピーターパンしてんだよ!」って思う方がいましたらまずは僕に会ってみて下さい^^僕ではあなたを幸せにすることはできないかもしれませんが、幸せへの糸口を一緒に探すことはできます。

 

気軽にご連絡ください^^

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